御由緒
壺井八幡宮
御 祭 神 誉田別尊(応神天皇)・仲哀天皇・神功皇后
主な御神徳 武運長久・厄除け・勝運・安産
第70代後冷泉天皇の永承6年(1051)奥州で安倍頼時とその子貞任・宗任の反乱が起こり、源頼義公に賊を平定するようにとの勅命が下り、頼義公は陸奥守・鎮守府将軍に任ぜられました。出陣に際し石清水八幡宮に詣で、戦勝を祈願し、12年3ヶ月の苦戦の末、康平5年(1062)に賊を平定されました。凱旋後、誓願の験ありとして、康平7年(1064)5月15日に社殿を建立し、石清水八幡宮の御神霊を遷し祀ったのが壺井八幡宮の創始です。
正一位三社 壺井権現社
御 祭 神 源頼信公・源頼義公・源義家公・源義綱公・源義光公・源義時公
主な御神徳 武運長久・勝運・勉学・厄除け
天仁2年(1109)正月3日の夜、源義家公の五男左兵衛尉義時公の夢に、父祖三将軍が現れ「我等三者の霊を祭祀すべし。然らば王城を鎮護し、永く源家の守護神たらん。」と告げました。義時公は八幡宮西方に地を選んで社殿を造営し、同年8月18日竣工。頼信公・頼義公・義家公三将軍の荒御霊を奉斎し、壺井宮と称し河内源氏の崇廟としました。この壺井権現社は源氏三社(京都・六孫王神社、摂津・多田神社、河内・壺井社)のひとつとされています。
